なんでそんな簡単なことができないのか?
なんで皆ができていることができないのか?
どうしてそんな難しく捉えるのか?
何が難しいのか?

いつの間にか『できることが当たり前』になっており、その当たり前を自身だけでなく周りの人にも当然のように求めていた。
しかしそれがどれだけ傲慢だったのか。
自分の意志とは関係なく弟の闘病、母親の介護、そして自身のうつ病、その他にも色々な問題が押し寄せ、私は身動きができなくなり、やりたくてもできない状況に陥りました。
そうなって初めて自分の言動が相手にとって必ずしも良いものでなかったことに気付き、自身の傲慢さに気付きました。

過去の傲慢な私が今の私を見たなら
『なんで皆ができている簡単なことができないのだろう?周りを困らせる人』
『難しいことなど一つも言ってないのに、なぜそんなに難しく捉えるのかわからない』
など『できない人』『困った人』という見方をすると思います。
私はそれを他人にやってきた。
私にとって、頑張っているという自負が前に進むパワーになった。
それ自体は良いことですが、相手にも自分と同じものを求め、できないのは頑張りが足りない、酷い時には怠けていると考え相手を見下すこともあった。
傲慢以外の何物でもない。
過去の自分を振り返り、人を思い遣ること、相手の立場で考えることが欠如していたことを恥じると同時に、あの時発した言葉や感情を受け取った相手のことを考えてしまいます。

生きていれば壁や困難が立ちはだかることがありますが、私はこれまで「迷わず進め!」「困難は乗り越えるもの」でやってきました。
「人生山あり谷あり」とはよく言ったもので、自分の意志とは関係なく気づけば谷間にいた私。
頑張りではどうにもならないことがあることを学びました。

弟は癌で亡くなりました。
私も両親も最後まで看病しましたが、苦しむ弟を見るたびに、生きて欲しいけど苦しみを長引かせているのではないかという葛藤の日々。
弟が亡くなった半年後、母親が若年性アルツハイマー病になり要介護になりました。
子育て、親の介護、不動産会社の仕事。
一日24時間じゃ足りない。
仕事で培ったスケジュール管理とこれまでの頑張りで乗り切ろうと毎日必死でした。
「私はまだまだやれる」
「やることは山のようにある」
自身を鼓舞し前を向いて頑張ってきた。
しかし私の頑張りは体調不良という形であらわれ、子育て、親の介護、不動産会社の仕事をこなすのが困難に。
仕事は長年やってきたので続けたい。
上司と相談して時短勤務に切り替えましたが、私がやっていた仕事、やりたい仕事はどんどん手を離れ
「私が望んでいたのはこんなことじゃない!」
「なんで私ばっかりこんなことになるの!」
と自分を責めて責めて、そしてうつ病になりました。
普段できていること、簡単なことが全く出来ない。
出来ない自分を責める日々。
うつ病や精神、心理に関する本など読んでいくうちに「今はうつ病だから出来ないんだ」と認識できるようになり少し楽になりました。
同時に、うつ病になって簡単なことが出来なくなったように、世の中には様々な理由で簡単とされる事が難しくて出来ない人がいるということに気付きました。
「迷わず進め!」「困難は乗り越えるもの」ではどうにもならないことがある。
この時の経験が、私の考え方・人生観を大きく変えました。

以下回想シーン~
1年目、営業事務として宝塚市の逆瀬川にある不動産仲介の店舗に配属されました。
そこで、営業事務の基本を学び、約半年後、新築販売チームが大規模マンションの販売に携わることになり、その営業事務として抜擢され、そのマンションの販売センターへ異動となりました。
常駐の営業事務が必要とされていなかった新築販売チームに営業事務として関われることは、自分にとって1つ結果を出すチャンスだと思いました。
営業事務がいてこそできるサービスや、営業ツールの構築など、上司や営業マンを支える戦力となる営業事務の存在が不動産仲介の店舗では当たり前に必要とされていて、新築販売チームでもそんな存在になりたいと、今後の新築販売 チームの営業事務の礎をつくってやる!と、やる気いっぱいだったのを今でも覚えています。
しかし蓋を開けてみれば、忙しい毎日で、ただただ接客業に追われる日々。
マンションのモデルルームへは毎日多くの人がご来店されます。
朝から晩まで、来客対応、お子様の相手、忙しい時にはモデルルームの案内もしました。
オープンからしばらく経ち、来場が落ち着いてきて、必要な営業事務となるために何をしたらいいのか考えた時、何が正解なのか、どこを目指すべきなのか答えが見えず呆然としました。
ただ忙しさの中で仕事をしている気になって、自分の出したい結果について何をしたらいいのかを考えてこなかったのだと思います。
とりあえず、不動産仲介の店舗の真似をして書類を整備したり、営業報告書を作ろうと躍起になったり。
ただ、ゴールも分からず、形にするだけの仕事になっていたと思います。
一生懸命頑張りたいと思っている、でも何をどう頑張ればいいのか分からず、考えるというよりは、悩んで前へ進めていませんでした。
目の前に上司やチームメンバーなど応援してくれている人がいたのに、それさえも見えなくて、ただ自分だけで背負っているような気になって、立ち止まってしまいました。
結局、結果を何1つ出すことなく、約1年で私は不動産仲介の店舗へもどされることになりました。
~回想シーン終わり